シコウログ

ゆるゆると日々思考したことを書き留めておくブログです。

時間とは何か。後悔とは悩みとは何か。

久しぶりのブログ更新。

大して興味の持てないこと(何か人の役に立つ情報を発信するブログ)を続けるなんて、やっぱり自分には無理だった。

ということで急だけれど方針変更します。読者になってくださった方には、突然ですみません。 

  • 丁寧語形式をやめる。
  • 何かを狙って書くことをやめる。
  • 日々考えたことを書き留めておくためのノートにする。

こんな形でやってみようかと思う。

常に頭をこねくり回してあーでもないこーでもないと考えている性分。

"考察"ほどにきちんと論理だてていない、"思考"したことをメモしよう。

そんな思いつきです。

あと特に意味は無いが、少しだけ書いた過去の記事は消してしまった。

 

 

それでは、今回は「時間、後悔、悩み」について。

 

時間とは何か。

いきなり仰々しい。超難問。

時間は何か、なんて今までいろんな哲学者や物理学者や文芸家なんかがたくさん考え続けてきたことで、答えなんてない。

あくまで個人的な考え・解釈。

さて、時間って何だろう。

 

我々は数学の考え方のおかげで、ゼロ・プラス・マイナスという概念を持っている。

数直線でイメージすることができる。

今が数直線のど真ん中にいて、過去がマイナス側、未来がプラス側みたいなイメージ。

あるいは自分の前後でも上下でもいい。

とにかく、「前/先/上/プラス」が未来、「後ろ/あと/下/マイナス」が過去っていう図式が頭にある。

で、ゼロにいる自分という点が常にプラス方向にのみ動いていく。過去に戻ることはできない。

時間のイメージ図

 これはイメージしやすい。イメージしやすいのか、そういうイメージが頭に刷り込まれているのかの話は置いといて、まぁ分かりやすいと思う。

でも「過去」や「未来」というものは、僕の感覚的には「存在しない」。

手に触れることはできないし。(何らかの変化を観察するという手段がありそうだけれど、それも「何かから変化をした」ということを現在のモノだけで立証することってできないのではなかろうか。)

ここにあるのは「現在」だけだ。

じゃあ過去・未来ってなんだ。

 

僕の(今のところの)考えでは、それは「記録・記憶 / 予測」でしかない。

「過去」は記録・記憶の中だけに存在し、「未来」は予測の中に存在する。

それはヒトをはじめ、一部の脳が発達した生物のみが持ちうるものだろうか。

 

「過去」に学び、「未来」を予測することで危険を回避=生き延び、子孫を残すことができる。生存本能に直結してきた。 

予測をより正確にすることで、環境適応および遺伝子的な弱者を守ることで、人類はここまで繁栄することができたと思う。

だから記憶 / 予測はとても大切だと思う一方で、これが原因で後悔と悩みが発生する。

後悔・悩みとは何か。

今一度、自分の後悔・悩みを本質的により分けてみると、現在には存在しない「過去」に後悔し、予測不可能な「未来」を想像して悩んでいる。

どちらも明確に存在する「現在」ではなく、「過去」「未来」に立脚する。

よってどちらも今から変えることは不可能(未来に影響は出るけれど、結果を"確実に"操作することはできないの)で、辛い。

 

以上のことから、僕が考えた「時間・後悔・悩み」は、数直線ではなく内包・入力のイメージになる。

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このイメージでいけば、「過去」は自分の脳内(または外部の何らかの記録媒体)に内包されていて、「未来」から自分へ様々な情報が入力される。

「現在」は数学で言う "点"(0次元、長さや面積、体積を持たない)かな。

「未来」は常に「過去」になっていく、ということからも外れない。

 

入力される前の「未来」は予測(想像・妄想)でしかなく、考えても到底解決できるものではない。

よって、前向きな計画や想定も、簡単に覆されうることを認識した方が合理的だ。

特に技術進歩が非常に早い現代では尚更だろう。

(その観点から言えば、例えば転職に対してネガティブな言葉を吐くことしかできないようなご年配の方は、バブル崩壊前(終身雇用の頃)の考え方から未だに脱却できていないのだろうなぁ、とか思う。が、今回の話からはまったく逸れるのでまた今度。)

「現在」を意識するほかない

とある仏教に関係する本で、「今をしっかりと認識することが大切だ」という話を読んだことがある。

時間とは、後悔・悩みとは、について考えたとき、そのことが少し理解できた気がした。

 

僕も日々、こんなことを考えながら「現在」に意識がないことが多い。

それが無気力に繋がり、鬱に繋がり、厭世観に繋がるのだろう。

 

「現在」に戻ってこよう。